【19歳】になりました!(連載01)

わたくし本多、2026年4月14日に19歳になりましたということでご報告を兼ねて投稿します!
…といっても4月という月は年度初めだったり、先日1日は私が代表を務める『まつながまるっとプロジェクト』の創立記念日だったりと色々報告することが多くて書くことがない。
かつ19歳という何とも言えない数字でこれといった宣言もなく、せっかくなので私がこれまで生きてきて感じたことと私の価値観や思想とピッタリはまった映画の紹介&感想的なものをひっそりと呟きたいと思います。
追記)ひっそり呟きたかったのですが、思っていた以上に筆が進んでしまったので複数回に分けての連載ものとなります。
雲の外で、穢れと共に生きてきた。
レールの上を歩くのは、楽だった。
今朝、6935回目の朝を無事迎えることができました。
19年というと短く感じますが、6935回も同じように朝が来て起き、日が暮れて寝るという行動を繰り返してきたと考えると、少し憂鬱な気持ちになります。
ですが、毎日同じことだけしてきたというわけではなく、若干でも何か違う事件が起こったり、見えるものが違ったりするわけでタイムループしているということじゃないんですね。
そう考えれば少し気が楽になってきた気がします。
逆に毎日何かが起こるのも疲れる気がしますけどねww
とは言え、生まれてからの小学生低学年頃まではそこまでアクティブに動く方ではなかったので楽だったと思います。
敷かれたレールの上を歩くように、「言われたことだけやる」みたいな感じで自分から何かする訳でもない、雲に覆われ、外の世界を知らないようでした。
しかし、自分の中の何が覚醒したのか、小学5年生の頃にクラス内テレビ局『52テレビ』を開局させました。
局名は5年2組だったのでそこから取っただけで、特に意味はありません。
進級した後は6年1組だったので『61テレビ』を開局させました。こちらも特に意味はありませんw
この活動はクラスの帰りの会の時間に数分もらって、クイズをしたり、明日の時間割を伝えたり、お悩み相談に答えたりするようなものでした。
テレビといってもこの頃は小学生が一人一台パソコンを持っているという時代ではなかったのでテレビ風にみんなの前で喋るだけでした。
この頃から世の中の穢れ(けがれ)を知っていくのです。
※ここで言う『穢れ(けがれ)』とは人の闇というか嫌なところや社会の良くない雰囲気やディープなことを知り、自分自身がピュアではなくなっていくことを表しています。
穢れと向き合い、楽しむ。
クラス内テレビ局『52テレビ』と『61テレビ』は「クラス係」の発展版で、これまで誰かがしたことがあるものではなく、新しい取り組みでした。
面白がってくれる友達や協力してくれる友達がいて、共に活動していました。
しかし、面白がったり、協力してくれる人だけではなく、もちろん嫌な目で見てくる人もいるのです。
それはもちろん分かっていたし、そこまで気にする性格でもないので、別になんてこともないのですが、やっぱりいい気はしませんよね。
私を覆っていた厚い雲が段々と晴れていくように、見えなくてもよかったものが見えてくるようになりました。
「できることなら余計な事はしないでほしい」と思う大人(先生)の姿です。
まぁ確かに自分がその立場なら分からんこともないなーとは思うけどやはりその立場の人ならば受け入れてほしかったですけどね!
中学生の頃はとんでもなく良い人達に囲まれ、大好きな先生(いつかこの先生のことも書こう)に3年間担任を持っていただきました。
中学校でも校内企業『Mct!』をつくって活動したり、生徒会執行部に入って大暴れさせてもらったりと小学校の頃にはできなかったことをさせてもらえ、自分を成長させることができ、今こうして活動できている基礎になっているのです。
高校に入っては涙なしには語れない壮絶な高校生活でした。
これもまた別投稿で詳しく書きたいと思いますが、1年生で生徒会長となり、そこで生まれたとある先輩からの妬み・嫉妬でやりたいことができない。
何を言っても否定され、お前たちはできない奴らだ。無能だ。と散々蔑まれ、誰も逆らうことができないから言いっぱなし。
後輩にはこんな思いをさせたくないと優しくしてもそれが裏目に出て舐められる…。
そんなことある!?と言わんばかりの『世代の狭間』で藻掻く高校生活でした。
そんな私の心の支えは放課後、休日の市民活動でした。
そこでも権力闘争のようなものに巻き込まれ、苦労したこともあります。これまでの人生で一番濃い3年間でした。
私はよく「人生何回目なんだ!」と言われることもあって、その意味は多分その歳でよくもそんなディープなことを知っているな。という意味だと思うんだけど、そう言われるのも無理はないかなーと思っていて、というのも、人間観察が好きなんですw
某イオンモールに行っても洋服に興味がないのでじっと座って人を見たり、人の会話を盗み聞きしてたりしたので。
今でも街を歩くときは人をじろじろ見ながら歩いてるくらい人間観察が好きだし、大人の話を聞くのも好きで、やけに理解力が高かったのも原因かもしれないです。
ということもあって、人が陰で何か言ってるなー。とかこんなこと思ってそうだなー。とかも察することができるので、必然と穢れていくというわけで、きっと自分が敷かれたレールの上をぼーっと歩いていればこんなことはなかったのかな…と思うこともあります。
でもそういう人生を送っていたら味わうことができなかった世界だし、【人間】という生物の生々しい部分を見れるいい機会だったなとすごく良い経験を十代のうちに経験させてくれてありがとう!という気持ちでいっぱいです!
きっと大人になったり、いい立場・役職になって初めてそんな場面に立ち会うことになればその方が苦しいと思いますからね!
そんなことを思いながら19年の内の数年間を過ごしてきて、色々と考えたりしてた時に素晴らしい映画に出会いました。
それが映画『えんとつ町のプペル』なのです。


